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Feb 08, 2012

パーティで注目されるヘアスタイルは?

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いつだって、おいしいものが大好き!

“品格”こそサクセスの条件

真の幸福への鍵はここにある! ――文・中野香織

2012 年 02 月 08 日
  • 写真提供(ランウェイ): ジョルジオ アルマーニ ジャパン TEL03-6274-7070

成功するほど、人は謙虚に、
寛大に、そして親切になるもの


つらさや悲しみに耐えなければいけないとき、私は「人生はペルシャ絨毯」というサマセット・モームの哲学を心の支えにする。そのココロは、明るい色ばかりじゃ絨毯は味気ない。暗い色彩、悲しげな模様もあってこそ、深い味わいのある豊かな絨毯が織り上がる、というもの。鋭い人間観察力によってたくさんの味わい深い「ペルシャ絨毯」を描き分けてきたそのモームが、「成功」についてこんなことを言っている。「成功すると、人は虚栄と利己主義と自己満足に走るからダメになる、という世間一般の見方は間違っている。それどころか、成功すると、人は謙虚に、寛大に、そして親切になるものだ」

なるほどたしかに、「成功」した人は、その影響力を社会貢献や慈善活動においてふるうようになる。大恐慌時代に暗躍したシカゴのギャング、アル・カポネですら、貧しい人たちに1日に3度、無料給食を提供していた(これにはウラがあることが後で判明したが)。そういう姿勢を見せることこそが、周囲からの信頼を勝ち取り、ひいては成功をより盤石なものにするからだろうな……というふうにやや冷ややかに思いこんでいた。アンジェリーナ・ジョリーの変貌を目にするまでは。

惜しみなく与えることで
結果として“別格の存在”に


カンボジア、エチオピア、ベトナムから養子を引き取るばかりではなく、けたはずれの多額の寄付を行いながら、世界各地で積極的な慈善活動を続けていることで知られるジョリーだが、はじめて国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の親善大使を務めたのは、2001年である。この年の彼女のキャリアはどうだったのかといえば、『トゥームレイダー』に主演し、ゴールデンラズベリー賞(最低主演女優賞)にノミネートされている。ジョリーはセレブリティにはなったが、スキャンダラスな私生活の報道ともあいまって、ホンモノの「成功」者といっていいのかどうか、微妙な位置づけだった。それが同年に慈善活動を本格的に開始してから、めきめきと品格や威厳、慈愛に満ちた美しさを備えていき、別格の大女優へと変貌を遂げていったのである。つまりジョリーは、「成功したから慈善活動を始めた」というよりもむしろ、「慈善活動によってホンモノの成功と品格を獲得した」人なのである。与え、与え、与え続けていることで、逆にジョリーにその何倍もの恵みが別の形になって返ってきているのだ。成功したから寛大で親切になったのではない。寛大で親切になったからこそ大成功したのである。

持てるものを与えることによって、別格の存在として敬われ、愛され、結果として大きな成功を築き上げた先駆者には、たとえば、オードリー・ヘプバーンがいる。女優業を引退した後に、国際連合児童基金(ユニセフ)のユニセフ親善大使に就任し、当時内戦が続いていたソマリアやスーダンを訪問。過酷な土地でも笑顔を絶やさない慈善活動によって、彼女は女優としての功績に、さらに一回り大きな神々しい輝きを加えた。黒柳徹子さんもそう。1984年にユニセフ親善大使に就任して以来、最古参のメンバーとして活動を続けているが、ほかならぬその活動が彼女の芸能活動に箔と深みを与えている。

ジョルジオ・アルマーニがあれほど尊敬されるのも、経営者としての才覚とデザイナーとしての才能を兼備する稀有な存在だから、というだけではない。「社会貢献」がかくも流行するようになるずっと前から、エイズ対策支援はじめ、多岐にわたる慈善活動を精力的におこなってきた。日本で起きた大震災の後、日本に捧げる「ジョルジオ アルマーニ プリヴェ・オートクチュール コレクション」をいち早く発表することで私たちを力強く励ましてくれたことも記憶に新しい。被災地の子供たちの就学をサポートする「ユネスコ協会就学支援奨学金」制度を支援するという経済方面ばかりではない。コレクションというクリエイティブ方面でも美しく支援するのがアルマーニ流で、そんな流儀がますますアルマーニを尊敬に値する大物へと押し上げている。

いち早く日本を支援してくれた大物といえば、レディー・ガガもその一人。チャリティ・ブレスレットを販売し、2011年6月には来日して日本が安全であることを世界に向けてアピール。体を張ったその慈善活動は、彼女を単なるポップスターを超えた文化的アイコンにした。

絆と共感が生まれると
与えたエネルギーが返ってくる


ここに挙げた人々に共通するのは、タフで、強運の持ち主であること。ただ、強運によって「普通の成功」を得る人ならば、ゴマンといる。彼らが偉大なのは、それをさらなるスケールの大きな成功へと育て上げ、品格を備えた人として別格の存在になっていること。そのようなホンモノの成功の秘訣は、惜しみなく与え続けることにほかならないように見える。この世のすべてのことはつながっている。持てるものを与えることで、絆と共感が生まれ、それがつながりの連鎖の波に乗り、与えたエネルギーが何倍にもなって返ってきているのである。

だからといって、成功のために与える、という打算はご法度であろう。アインシュタインも言っているではないか。成功をめざすな、価値ある人になることをめざせ、と。でも、与えるばかりでソンをしたらどうするのかって? それもまた、ペルシャ絨毯の柄の一つとでも見なしましょうか。

フランスを代表する現代美術作家、ジャン=ミシェル オトニエルの日本初個展が原美術館で開催中!

インテリアニュース

2012 年 02 月 08 日
  • 「涙 (Lagrimas)」2002年 ガラス、水、テーブル 140×500×70cm 個人蔵 (c)Jean-Michel Othoniel/Adagp,Paris 2012 Private Collection photo by hirotaka yonekura Courtesy of Galerie Perrotin, Paris

パリのポンピドゥーセンターで3カ月間に20万人という動員記録をたたき出したオトニエルの回顧展が日本にも巡回。ジュエリーのように美しく輝くガラスの大型立体作品や初期作品を含めた約60点が公開されています。

オトニエルは、パリ市中心に位置するメトロ「パレ ロワイヤル ミュゼ ド ルーブル」駅エントランスとして設置された大作「夢遊病者のキオスク」(2000年)で知られるフランスの代表的な現代美術作家です。

本展では、硫黄や蜜蝋を用いた初期作品から、ムラーノ島の色鮮やかなガラスを素材にした最新の立体作品まで約60点を一挙公開。彼の25年の歩みを総括しています。展覧会名「マイ ウェイ」はフランク シナトラの名曲から引用されたもので、自分スタイルで作品制作を続けてきたオトニエルを象徴したものだそう。

おなじみの原美術館が魅惑のラビリンスへと変貌したさまをぜひ体感してみて。


●ジャン=ミシェル オトニエル
1964年、フランス、サン エティエンヌ生まれ。1980年代より、硫黄、鉛、蜜蝋といった可変性の素材を使って制作。93年よりガラスを用い始める。装飾性と官能性が作品の特徴として挙げられ、カルティエ現代美術財団(2003年)、パリ装飾美術館(2007年)、ポンピドゥーセンター(2011年)などで個展を開催したほか、ドクメンタIX(1992年)や光州ビエンナーレ(2000年)、イスタンブールビエンナーレ(2007年)などの国際展でも活躍。日本では、1991年に原美術館の別館であるハラ ミュージアム アークにて開催された「Too French」展に参加、3週間の滞在制作を行った。現在、パリ在住。

PROFILE●ジャン=ミシェル オトニエル:マイ ウェイ
会期:開催中~3月11日(日)
会場:原美術館
住所:東京都品川区北品川4-7-25
開館時間:11:00~17:00(水曜は20:00まで/入館は閉館時刻の30分前まで)
休館日:月
入館料:一般1,000円、大高生700円、小中生500円
ジャン=ミシェル オトニエル:マイ ウェイ の詳しい情報は原美術館のサイトから
※会期中、子供向けワークショップ「ふしぎな現実」を原美術館内ザ・ホールにて併催(主催:ボンポワンジャポン、原美術館 キュレーション:ラボワット)

パリジェンヌのようになりたい!